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浪曲

ステレオと浪曲|懐かしい昭和の備忘録

 本来、三種の神器とは、神話に登場する三つの宝物「八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣」を指します。天照大神から下されて、代々の天皇家に受け継がれて来た象徴的な宝物でした。高度経済成長の波に乗って「一億総中流社会」と呼ばれていた時代に引用され、「テレビ・洗濯機・冷蔵庫」を新三種の神器と称する様になったのです。

 

私が物心の付いた頃には、我が家にも白黒テレビが置かれていました。幼い記憶の中にあるのは、やはりアニメが中心です。父親が時代劇とムード歌謡が大好きで、政治家とスポーツ選手が大嫌いだったので、それ以外に思い出せるのはチャンバラシーンと紅白歌合戦くらいでしょうか。夕方の再放送で夢中になって見ていたのは、「鉄人28号」「鉄腕アトム」「ジャングル大帝レオ」「狼少年ケン」などなど。実写版では「ウルトラQ」に「忍者ハットリ君」「悪魔くん」「コメットさん」辺りが直ぐに思い出されます。「隠密剣士」なんてのもありました。輸入物では「スーパーマン」に「ザ・ライフルマン」、「わんぱくフリッパー」や「ラッシー」なども胸を躍らせてくれました。

 

白黒テレビをカラーに見せ掛けるフィルターの様な物、覚えていますか。ワイドカラースコープと言うらしいです。懐かしいやら、笑えるやら、我が父もそれがカラーテレビだと言い張っていました。

 

何分、幼かったので、冷蔵庫や洗濯機に関する思い出は殆どありません。新たに登場した電化製品で忘れられないのは、何と言ってもクーラーでした。真夏に家の壁をぶち抜いて取り付けられたクーラーから、魔法の如き冷風が噴き出した時の感動は忘れられません。得意げで、どこか自慢げな父親と、しきりに感激している母親の姿に、子供ながらにそれが凄い事なのだと理解して興奮していたのです。もう窓を開けた部屋で蚊帳(かや)の中に潜り込む必要もありません。私たち家族の夏を変える大きな技術の進歩が、遂にわが家にもやって来た瞬間でした。

 

仕事第一だった父が、満を持して購入したのが音楽ステレオでした。それまでは玩具の様なレコードプレイヤーで、それこそソノシート程度の物しか聴いた記憶がありません。ステレオと言う言葉の意味さえ知らなかった時代に、艶光りする高級家具の様なステレオが運ばれて来たのです。狭い部屋に据え置いて行く電気屋さんの動きまでもが、驚きに包まれた私の記憶に刻まれました。どんなに欲しかったのでしょう。その日を境に、歌謡曲から浪曲まで、次々にドーナッツ盤を買い込む父の姿がありました。

 

廣澤寅蔵と言う浪曲家をご存知ですか。海道一の大親分、清水次郎長の名代として旅をする森の石松の話、「三十石乗合船」も、耳にタコが出来るほど、毎夜の様に聴かされました。「旅〜行けば〜、駿河の国に茶の香り〜。」で始まり、「飲みねえ飲みねえ、寿司食いねえ。もっとこっちへ寄んねえ!江戸っ子だって?」「神田の生まれよ!」の、非常にコミカルな名調子が有名です。石松は、四国の金毘羅様に願をかけて、首尾よく敵討ちを果たした次郎長の代参として、大願成就の礼と、その刀を納める船旅の途中でした。自分の親分を褒める男に大盤振る舞いするも、いざ二十八人衆の話になると石松の名前が出て来ません。遂には「後は一山いくらのどうでも良い連中だ!」と言い切られ、普段は喧嘩っ早い彼もさすがにへこんでしまいます。しかし、「大政に小政、大瀬半五郎、遠州森のい…。おっと、客人すまねえ!いの一番に言わなきゃなれねえ人を一人忘れていたーっ!遠州は森の生まれだ!」と、どんでん返しに持ち上げられて大喜びするのでした。自分も二人の掛け合いを、その場で目撃している様な臨場感に引き込まれます。やくざ者の話であることなど、当時の私には全く関係のないエンターテイメントでした。でも、この話には悲しい続きがあるのです。

石松は、長い道中を、土地土地の親分衆から「一宿一飯の恩」を受けながら続けて行きます。まだ売り出し中の若い貸元、見受山鎌太郎(草津追分)の世話になった事が不運の始まりでした。清水へ戻る石松へ、鎌太郎が香典を託したのです。七年前に亡くなった次郎長の妻、お蝶のための大法要があると聞き付け、まさかに香典として小判百両、石松の小遣いにと三十両、合わせて百三十両もの大金を手渡したのでした。石松は信じ難い男っぷりの良さに驚嘆し、ついつい旅先で鎌太郎の自慢話をしてしまいます。その大金に目を付けたのが、都鳥三兄弟と言う悪党たちだったのです。石松は、憐れにも彼らに騙し討ちにされて、命と金を奪われてしまうのでした。

 

温故知新。古い古い人情話の中にこそ、学び直すべき事柄がたくさん散りばめられている様に思います。その意味においても、浪曲が過去の遺物である筈がありません。春日清鶴の「野狐三次」も、私の中では今も光り輝く珠玉の名作です。

 

  • 2015.12.10 Thursday
  • 12:51

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