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漫画とアニメ

デビルマン|懐かしい昭和の備忘録

「ときわ壮」の面々も含めて、昭和を代表する素晴らしい漫画家は他にも数限りなくいるでしょう。私が永井豪さんを推すのは、極めて個人的な好みであることは否めません。漫画その物が日常生活をデフォルメしたり、妄想や空想、夢や希望などプライベートな思考を具現化している以上は、どうしても作家に対する好き嫌いが大きく生じて来てしまう宿命にあるのでした。作者の画風や技術的な表現力なども、文字だけの小説と違って、物語に加減乗除されて行く特殊な評価のもとに置かれています。

 

しかし、新たな物語を生み出す発想の出発点は、作者自身が何を持って善や悪とするか、あるいは何を持って愛や憎しみとするのか、によって全く描かれ方が変わって来るとも言えるのでした。その意味において「デビルマン」と出合った少年たちは、思いも寄らない価値観の逆転に度肝を抜かれたのではないでしょうか。

 

人間と悪魔が合体する。これだけでも十分にショッキングな内容でした。しかも、主人公の不動明は勧善懲悪の正義の味方ではありません。牧村美樹と言う少女一人を護るために、次々と迫り来る凶悪な悪魔たちと命懸けで戦うのです。たった5巻しかない物語の後半、悪魔の実在に気付き始めた人々は、今再びの魔女狩りへと突き進んで行くのでした。そして終には、愛する美樹の命を、暴徒化した住民たちの狂気に奪われてしまいます。美少女のヒロインの五体をバラバラにして、何かで突き刺した生首を高く掲げる“人間”たちの姿に、真の“悪魔”を見たのは私ばかりではなかったでしょう。もはや少年漫画の域を越えていました。

 

悪魔や怪物と言ったキーワードは、ロボット同様、子供たちの受け入れやすいものだけに、似た様な設定の筋書が漫画の世界においても氾濫しています。あくまでも大人たちの批判を浴びない、最大公約数的な分かりやすい作品が部数を伸ばす為に、人間の内面をえぐる様なおどろおどろしい内容に挑戦する作者も出版社も、当時は皆無に等しかったのではないでしょうか。圧倒的な迫力で他の追随を許さない「デビルマン」が、たった5巻で終わった理由も、もしかしたらその辺りに隠されているのかも知れません。

 

物語の終盤では、人間を見限ったデビルマンと、不動明を愛してしまった天使、飛鳥了とが、悪魔と神との最終戦争を起こして行きます。何という穏やかで哀しみに満ちたラストシーンであった事か。上半身だけで横たわる明の隣に、美しい裸体で寄り添う天使の姿がありました。無理矢理に物語を終わらせなければならなかったせいか、やや強引な結末にも思えましたが、しょせん悪魔は悪魔なのだと、子供心に、淡い憧れを打ち砕かれた記憶が残っています。

 

「月よ、そなたは美しい。」あろうことか、人間に肉体を乗っ取られてしまった勇者アモンへの刺客として送り込まれた、美しき妖鳥シレーヌの名セリフです。ここでも、忘れ難き魅力的な悪役たちが登場しているのでした。悪役の悪魔でありながら得も言われぬ美を見せ付けたシレーヌと、主人公でありながら醜い姿のデビルマンが好対照だったのも、価値観の逆転した見事な演出だったのではないでしょうか。

 

奇才・永井豪さんのその後の作品には、「ゲッターロボ」や「魔王ダンテ」など記憶に残るものが数多くあります。しかし、デビルマンやマジンガーZを超える挑戦的な世界観を開拓する事は終ぞ出来ませんでした。今にして思えば、余りに惜しいデビルマンの打ち切りだったと思います。当時の出版社の残念な判断が、名作中の名作を台無しにしてしまったことが悔やまれてなりません。

 

願わくば、平成の子供たちの常識を遥かに超える様な、永井豪さんらしい挑戦的な作品を生み出して欲しいものです。その際は是非、時を越えた少年マンガファンに戻りたいと思います。


 

  • 2016.01.12 Tuesday
  • 19:50

漫画とアニメ

奇才・永井豪|懐かしい昭和の備忘録

今日は、マンガ家永井豪さんのお話しです。

 

いわゆる“漫画の神様”と言えば、誰もが手塚治虫と答えるでしょう。神様だから、私が優先的に回想するまでもありません。多くの熱狂的なファンの方々が、事細かに叙述されているはずだからです。

 

私が愛してやまないのは、天才・梶原一騎と、奇才・永井豪さんです。まずは、少年の私が大いに妄想を掻き立てられた奇才の作品から、じっくり思い出してみることにしました。

 

私と同年代の皆さんが、永井豪と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、やはり「マジンガーZ」に「デビルマン」ではないでしょうか。アニメ化された物は別として、共に完成度の高い、非常に挑戦的な作品でもありました。後のロボットマンガやダーティーヒーローマンガに、多大なインスパイアと方程式を与えたことは間違いありません。

 

マジンガーZの最大の魅力は、「ロケットパンチ」に代表される奇想天外な攻撃力もそうですが、何と言っても主人公の兜甲児が「実際に巨大ロボットに乗り込んで操縦する」と言う、危険と表裏一体のダイナミックな戦い方に凝縮されていたと思います。鉄人28号の様に「少年が安全な場所からリモコンで操作する」設定には、どこかリアリティに欠ける素朴な疑問があったのかも知れません。平和利用を目的に開発された鉄人とは異なって、兜甲児の祖父でマジンガーZを作った兜十蔵博士は、物語の冒頭で愛する孫の甲児にこう言い放ちます。「お前は、神にも悪魔にもなれる。」と。絶対的な力に憧れる少年たちが、魔人の破壊力に強く魅せられたのは語るまでもありません。あえて空を飛べる能力を加えなかったのは、これも又、過去のロボット物の踏襲を避けたかったからではないでしょうか。

 

さらなる魅力が、個性派揃いの悪役たちでした。阿修羅男爵を覚えていますか。半身が女性の、ドクター・ヘルの右腕です。ヘルの作り出す機械獣を操って、あの手この手でマジンガーZに戦いを挑んでは敗れていました。しかし、その斬新なキャラが、主人公を引き立てて余りある存在となって行ったのも事実です。今であれば、スピンオフのヒールとして、単発のアニメが企画されていたかも知れませんね。それほどに、愛すべき悪役だったのです。

 

少年を夢中にさせたのは、巨大ロボットの派手なバトルばかりではありません。光子力研究所の所長・弓教授の愛娘、弓さやかの登場です。実に挑発的な、幼い子供たちをドキドキさせるような色気のある女性キャラとして原作では描かれています。ヒーローと微妙な恋愛関係になるヒロインが、少年マンで明確な位置を占めたのも初めてだったのではないでしょうか。

 

永井豪さんと言えば、彼を世に送り出した傑作「ハレンチ学園」を忘れることはできません。この中に登場する柳生十兵衛と言う美少女も、やはり挑発的な色気のある男勝りの性格でした。当時の漫画としては、さまざまな性的表現のタブーにも挑戦しています。子供たちを虜にしてしまったセクシャルな女性像が、弓さやかを始め、多くのヒロインたちをより魅力的に輝かせて行ったのです。それは、弓さやかの操る巨大ロボット、アフロダイAにまで受け継がれていました。あのボインミサイルの発想は、後にも先にも永井豪さんをおいて他の誰にも思い付かなかった衝撃的なものだったのです。

 

思っていた通り、永井豪さんのマンがを一度に語り尽すことは出来ません。あの不世出の名作「デビルマン」については、次回、じっくりと思い出してみたいと思います。

 

 

  • 2016.01.09 Saturday
  • 19:52

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