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近所の銭湯|懐かしい昭和の備忘録

あの頃は“内風呂”と言う言葉をよく耳にしました。当時の集合住宅がどうなっていたかは分かりませんが、私が物心の付いた頃には、近所のお風呂屋さんに通うのが当たり前でした。内風呂を持つことは、一般的な住宅で暮らす者には大きな憧れだったのです。

 

男女の風呂を分ける入口の真ん中には番台があって、確か大人一人が30円とかだったように記憶しています。石鹸やら髭剃りやら手ぬぐいやら、入浴グッズは一通り、タバコなんかも置いていたのではないでしょうか。「いこい」と「あさひ」のパッケージが思い出されます。

 

でも、幼い私の記憶に強く印象付けられているのは「コーヒー牛乳」と「マミー」それに「りんごジュース」でした。そうです。200mlの瓶入りで、指で押し開けるフタの付いたものです。あっという間に飲み干してしまう「ヤクルト」も、子供心に乳酸菌と言う言葉を自然に刻み込まれていました。子供にとっての甘い物は、まだまだ貴重だったのでしょう。駄菓子屋で買うお菓子よりも、たくさんの甘みを味わえる銭湯の飲み物が、当時の私にとっては至福のひと時であったに違いありません。

 

壁掛け時計みたいな丸いメモリの付いた体重計は、乗る場所が荷物台のようでした。背もたれの角度を変えられないマッサージ機は、10円で利用できたと記憶しています。頭から爪先まで石鹸で洗って貰い、熱い湯に飛び込んだ後は、汗をダラダラ掻きながら百まで数を数えさせられていました。奥の壁が富士山だったかどうかまでは覚えていませんが、一度も入らなかった“電気風呂”にビビッていたことは思い出されます。

 

銭湯の建物も、今の様に大通りに面してはいませんでした。ひっそりと裏通りに入口を構えていて、夕方には必ず打ち水がされていました。夏になるとそこかしこに縁台が出されていて、ステテコ姿のお父さんたちが将棋をさしたり、ビールを飲みながら忙しなくウチワで煽ったりもしてました。まさに夏の風物詩。聴こえて来る風鈴の音色が、妙に心弾ませてくれたのを覚えています。昔も今も、銭湯へいくことが、家族の小さなイベントであることに変わりはありません。体を洗うこと、入浴すること以上に、その行き帰りの一体感が、何よりの癒しなのではないでしょうか。

  • 2016.02.11 Thursday
  • 21:55

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