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家電

ビデオデッキがやって来た|懐かしい昭和の備忘録

わが家に、と言うより、私の部屋にビデオデッキがやって来たのは1976年。キャンディーズの解散コンサートの前年のことでした。確か、SONYのβ方式だったと思います。

 

とにかくデカい、重い、そう記憶しています。現在のDVDプレイヤーとは比ぶるべくもありません。当時は1本4,000円以上もしたビデオテープを出し入れするにも、それなりの時間を要する難物でした。しかも、今にして思えばバリバリの中古品だったのでしょう。ワクワクどきどきしながら録画した番組には、再生時に薄いボーダーのラインが一面に入っていたのです。父は、あくまで新品だと豪語していました。真相は定かではありませんが、当時のお金で20万円近くもはたいたと嘯いていたのです。

 

その頃の我が家は、中流家庭のやや上の暮らしをしていた様です。無類の映画好きの私が、あらゆる手練手管を駆使して、息子に甘い父親を口説いて手に入れたのでした。何はともあれ、念願のビデオデッキがやって来たのです。夜も眠れないほど興奮していたのを覚えています。

 

初めて録画した映画も忘れていません。あの「荒野の七人」でスティーブ・マックイーンらと共にブレイクしたジェームズ・コバーンが主演で、4人のスリ仲間が見事なチームワークを見せる話を描いた「黄金の指」と言う作品でした。何度も何度も再生して、セリフを丸暗記していたほどです。ビデオテープが高額な時代に消さずにおいたのは、15歳の少年にはちょっと刺激的なお色気シーンが散りばめられていたからでした。

 

もちろん、キャンディーズの解散コンサートも録画しました。こちらも、私にとってはお宝映像となったのです。好きな時に繰り返し見ることができる歓びと、じっくり確認したい場面を“静止”させられる便利さは、当時の私を夢中にさせたのでした。

 

映画雑誌「ロードショー」や「スクリーン」から切りぬいた画像や記事を、保存版のテープの箱に貼ってコレクションを始めました。一番のお気に入りは、007シリーズとブルース・リーです。007は、やはりショーン・コネリーの「ドクター・ノオ(007は殺しの番号)」「ロシアより愛をこめて」「サンダーボール作戦」「ゴールド・フィンガー」「007は二度死ぬ」、それに「ダイヤモンドは永遠に」。残念ながら、ジェームズ・ボンドが結婚する「女王陛下の007」は、ジョージ・レイゼンビーの不人気から、私の知る限りテレビで放映される事がありませんでした。ブルース・リーは「燃えよドラゴン」から「ドラゴンへの道」「ドラゴン危機一髪」「怒りの鉄拳」まで、超人的な強さと、どこかに漂う哀愁とに魅せられていたのです。

 

ビデオデッキの登場は、インドア派の娯楽の幅を格段に広げてくれました。昭和のテレビライフは、「かじり付く時代」から「撮り貯める時代」へと急激に進化して行ったのです。

  • 2015.12.15 Tuesday
  • 16:12

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