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漫画とアニメ

奇才・永井豪|懐かしい昭和の備忘録

今日は、マンガ家永井豪さんのお話しです。

 

いわゆる“漫画の神様”と言えば、誰もが手塚治虫と答えるでしょう。神様だから、私が優先的に回想するまでもありません。多くの熱狂的なファンの方々が、事細かに叙述されているはずだからです。

 

私が愛してやまないのは、天才・梶原一騎と、奇才・永井豪さんです。まずは、少年の私が大いに妄想を掻き立てられた奇才の作品から、じっくり思い出してみることにしました。

 

私と同年代の皆さんが、永井豪と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、やはり「マジンガーZ」に「デビルマン」ではないでしょうか。アニメ化された物は別として、共に完成度の高い、非常に挑戦的な作品でもありました。後のロボットマンガやダーティーヒーローマンガに、多大なインスパイアと方程式を与えたことは間違いありません。

 

マジンガーZの最大の魅力は、「ロケットパンチ」に代表される奇想天外な攻撃力もそうですが、何と言っても主人公の兜甲児が「実際に巨大ロボットに乗り込んで操縦する」と言う、危険と表裏一体のダイナミックな戦い方に凝縮されていたと思います。鉄人28号の様に「少年が安全な場所からリモコンで操作する」設定には、どこかリアリティに欠ける素朴な疑問があったのかも知れません。平和利用を目的に開発された鉄人とは異なって、兜甲児の祖父でマジンガーZを作った兜十蔵博士は、物語の冒頭で愛する孫の甲児にこう言い放ちます。「お前は、神にも悪魔にもなれる。」と。絶対的な力に憧れる少年たちが、魔人の破壊力に強く魅せられたのは語るまでもありません。あえて空を飛べる能力を加えなかったのは、これも又、過去のロボット物の踏襲を避けたかったからではないでしょうか。

 

さらなる魅力が、個性派揃いの悪役たちでした。阿修羅男爵を覚えていますか。半身が女性の、ドクター・ヘルの右腕です。ヘルの作り出す機械獣を操って、あの手この手でマジンガーZに戦いを挑んでは敗れていました。しかし、その斬新なキャラが、主人公を引き立てて余りある存在となって行ったのも事実です。今であれば、スピンオフのヒールとして、単発のアニメが企画されていたかも知れませんね。それほどに、愛すべき悪役だったのです。

 

少年を夢中にさせたのは、巨大ロボットの派手なバトルばかりではありません。光子力研究所の所長・弓教授の愛娘、弓さやかの登場です。実に挑発的な、幼い子供たちをドキドキさせるような色気のある女性キャラとして原作では描かれています。ヒーローと微妙な恋愛関係になるヒロインが、少年マンで明確な位置を占めたのも初めてだったのではないでしょうか。

 

永井豪さんと言えば、彼を世に送り出した傑作「ハレンチ学園」を忘れることはできません。この中に登場する柳生十兵衛と言う美少女も、やはり挑発的な色気のある男勝りの性格でした。当時の漫画としては、さまざまな性的表現のタブーにも挑戦しています。子供たちを虜にしてしまったセクシャルな女性像が、弓さやかを始め、多くのヒロインたちをより魅力的に輝かせて行ったのです。それは、弓さやかの操る巨大ロボット、アフロダイAにまで受け継がれていました。あのボインミサイルの発想は、後にも先にも永井豪さんをおいて他の誰にも思い付かなかった衝撃的なものだったのです。

 

思っていた通り、永井豪さんのマンがを一度に語り尽すことは出来ません。あの不世出の名作「デビルマン」については、次回、じっくりと思い出してみたいと思います。

 

 

  • 2016.01.09 Saturday
  • 19:52

映画

ガメラ対ゴジラ|懐かしい昭和の備忘録

お正月と言えば、映画。今年も話題作や超大作、ファンが待ち望んだシリーズの続編などが目白押しです。007にスターウォーズ、何と胸をときめかせてくれるのでしょう。やはり、映画は映画館の大きなスクリーンで、他の観客たちと一体となって楽しむべき参加型エンターテイメントかも知れません。あの頃の、物語の終盤から立ち見までして席が空くのを待った、映画館を埋め尽くすファンの熱気が思い出されます。

 

昭和のお正月は、「寅さん」と「マンガ祭り」でした。なぜか売店で“都こんぶ”を買うのが、我が家の慣わしだったように記憶しています。あの旨味と酸っぱさが子供ながらに魅了されていたに違いありません。

 

「ガメラ金星〜♪」で始まる「大怪獣ガメラ」と、独特なオーケストラサウンドで登場する「ゴジラ」とが、昭和の子供たちには忘れることのない特撮映画だったのではないでしょうか。そうですね。可愛い高田美和さんの可憐な涙で大暴れする「大魔神」も、当時の特撮技術としては目を見張るものがありました。穏やかな顔をした埴輪が、阿修羅の面妖に変るシーンが鮮明に浮かんで来ます。時代劇だったのも、幅広いファンに愛された理由でした。

 

ガメラはヒーロー。ゴジラはヒールです。あなたは、どっち派でしたか。

 

私は、チャキチャキのガメラ派です。特に当時のガメラの場合、宇宙がテーマの一つだった事も大きな魅力でした。次第に幼い子向けの“おもしろキャラ”へと変貌して行ったゴジラとは違って、死力を尽くして命懸けで戦うガメラは、どこか物悲しく、孤高のヒーローとして大空に舞い上がって行きました。その“ガメラらしさ”に、小さな胸を熱くしたのを覚えています。

 

巨大なイカ(バイラス星人)や包丁の化け物(ギロン)との対決も印象的でしたが、やはり宿敵ギャオスは悪役としても群を抜いていました。多くの方がプラモデルを組み立てたのではないでしょうか。ガメラはそれほど強くありません。だから精一杯に戦うのです。絶対的に子供の味方で、とても心優しくて、僕もあの甲羅に乗って空を飛んでみたい、そう憧れた怪獣でもありました。確かギャオスの最期は、名古屋の栄、中日ビル屋上の回転レストランだったと思います。大きな器で好物の血液(?)をすすらせ、回転を利用して飛べなくする。そこへ大敵の陽射しが昇って来ると言う結末ではなかったでしょうか。ガメラに食い千切られた足の指が、日光を浴びて縮んで行くのに少年が気付いたのがきっかけでした。

 

そう言えばギロンと対決する映画に、銀色の宇宙ギャオスが登場しています。何故か昼間でも活動していて、あっさりとギロンに輪切りにされてしまいます。複数のギャオスが、宇宙人に支配されていた。そう記憶しています。平成に復活したガメラでも、凶悪な敵として二度も映画に登場しました。敵が強ければ強いほど、立ち向かって行くガメラの姿に魅せられます。“封印”することにどんな意味があるのか分かりませんが、日本のお家芸とも言うべきアナログな特撮技術に磨きをかけて、さらなる夢と勇気を、いつまでも子供たちに届けて欲しいと願います。子供は、感動の中から真の優しさを学ぶのではないでしょうか。

 

モスラのファンの皆さん、忘れてませんよ。また別の記事で“偉大なる蛾”のお話しをしたいと思います。さあ、今年もたくさんの感動に出合いましょう。2016年の幕開けです。

 
 

  • 2016.01.01 Friday
  • 14:43

年末年始

レコ大と紅白|懐かしい昭和の備忘録

 今にして思えば、何故あれほどまでに日本レコード大賞が胸を高鳴らせてくれたのでしょうか。大晦日と言えば、何が何でもレコ大の時間に間に合わせて帰りたい。オープニングさえも見逃したくないと考えていました。

 

「やあやあやあ、どうもどうもどうも、高橋圭三です。」と記憶に刷り込まれている名調子が、ぐっと会場の雰囲気を盛り上げて、ノミネートされた歌手たちの発表を待つ緊張感を高めて行きます。それが、ひしひしと視聴者にも伝わって、ファンであれば尚のこと、クライマックスに向けてハラハラドキドキさせられるのでした。

 

最優秀新人賞や大賞に選ばれた歌手の、感極まる姿も見どころの一つでした。思わず声を詰まらせて歌えなくなる受賞者への賛否もありましたが、私の様な庶民は、シンパシーを感じて貰い泣きしていたものです。紅白歌合戦との時間との住み分けがなされていた事も、非常に高い視聴率を維持していた理由でした。

 

郷ひろみさんが「賞よりショウだ。」と言う名言で一石を投じて以降、曖昧な選考基準や事務所の力関係などが取り沙汰される様になって、他局が挙ってレコ大潰しの賞番組を立ち上げたことにより、視聴者の期待は大きく削がれて行くことになりました。いえ、年末の過ごし方そのものが多様化し、もはや家族でテレビにかじり付く時代ではなくなっていたのです。今ではもう、私自身も殆ど関心がなくなりました。多くの家庭が夢中で手に汗握っていた、昭和の大晦日を懐かしく感じるばかりです。

 

紅白歌合戦も、多くの紆余曲折を経ながら、何とか今日まで生き残って来てくれています。年越しの歌番組が目白押しの昨今では、既に“一年の歌い納め”ではなくなりましたが、芸能界にとって大きなステータスである事に変りはないでしょう。特に、オオトリを務めるのは、日本を代表する歌手の証と言っても過言ではありません。

 

ビデオのない時代、紅白歌合戦は見逃すことの出来ない一年最後のビッグイベントでした。お祭り騒ぎが茶の間の笑顔を賑わせて、みかんやお菓子を頬張る子供が堂々と夜更かしの出来る特別な夜でもありました。演歌も、アイドルも、フォークやニューミュージックも、正にゴチャ混ぜの詰め合わせセット。日本野鳥の会の皆さんが登場するまで、見ている側の誰も、それが“合戦”であるとは意識していません。出場を果たした歌手たちの晴れやかな顔が、私たちの一年の締めくくりに花を添えてくれたのでした。

 

どちらが勝ったのかも、翌年の大晦日まで思い出す事はありません。しかし、最後の大合唱が済むと同時に、画面は「ゆく年くる年」へと変わって、途端に、心が神聖な時を迎える準備に入るのでした。もうかなり前の放送になりますが、真っ白な雪に覆われた永平寺からの中継が忘れられません。何故か一瞬の映像で心の洗われた様な、静と動とを巧みに捉えた素晴らしいゆく年くる年であったと記憶しています。

 

今年もまた、あの感動に巡り合えるかも知れない。そう期待して、2015年ラストの15分を待ちたいと思います。

  • 2015.12.27 Sunday
  • 17:20