Calender

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>

Categories

Archives

Recent Entries

小説

徳川家康|懐かしい昭和の備忘録

昭和に、一大ブームを巻き起こした小説「徳川家康」をご存知でしょうか。あの山岡壮八の、全26巻にも及ぶ長篇時代物です。三河の国に戦国武将の嫡男として生まれた彼が、織田家や今川家の人質を経て、やがては大大名となり、信長、秀吉亡き後の天下人となるお話しです。私が夢中になって読んだのは平成になってからですが、懐かしく思い出されるファンの方も多いのではないでしょうか。

 

家康と言えば、「信長が道を切り開き、秀吉の統一した天下を盗んだ狸オヤジ」と断じる方がおられるかも知れません。特に太閤さん人気の根強い大阪や、維新を成し遂げた薩摩や長州など、関ケ原以降に苦渋を舐めた藩に思い入れのある皆さんが、徳川幕府や家康を褒める事はますないでしょう。

 

しかし、私の知る家康は、とても智に長けた、信義に厚い男なのでした。小説の中の彼が、家臣にこう語り掛けます。「人には三つの命がある。」と。一つ目は「宿命」です。文字通り、生まれながらに宿っている定めのことで、どこで、いつ、誰の子として生まれたか。例えば、お金持ちなのか、貧しい暮らしなのか。健常者なのか、障害者なのか。生まれたばかりであるのに生涯を決めてしまい兼ねない、自分では決して逃れることの叶わない出生にまつわる定めの事でした。

 

そして二つ目が「運命」です。いつ、誰と出会い、何を選択して行くのか。どんな偶然と必然が待ち受けているのか。ある意味では予測の出来ない、長い人生で背負うべき様々な定めのことでした。但し、これらは自分次第で避けることも、逃れることも不可能ではありません。悲惨な大事故や大災害に巻き込まれるか否かも、実はそこに至るまでの数え切れない選択の積み重ねでしかないのです。もちろん、結果は誰にも予測出来ません。それでも、誤解を覚悟で言うのなら、飛行機事故に遭いたくなければ飛行機には乗らない、と言う方法があることも確かな事実なのでした。少なくとも、そのリスクを限りなくゼロに近付ける効果はあります。運、不運と言うことも、本当はどこかのターニングポイントで別れていたのかも知りません。

 

最後の三つ目が「天命」と言う命でした。どんな風に生まれ、どんな風に生きて行くのか。宿命と運命の先にある、何のために生まれて来たのか、あるいは何を成す為に生まれて来たのか。天から授けられた“役割り”を意味している命のことでした。生まれ落ちた生命には、必ず果たすべき役割がそれぞれに決められている。誰もが大スターや有名スポーツ選手になれる訳ではなくて、誰もが歴史に名を残せる人物である筈もありません。しかし、ある人は、家族にとって掛け替えのない父であったり、又ある人は、後に大発見を成し遂げる研究者の母であったりと、地域や、企業や、仲間にとって、あなた自身も、余人を以て代えがたい重要な人物であるに違いないのです。もしかしたら、私の子孫が、未来の世界で“テロも戦争もない時代”を実現してくれるかも知れません。もしかしたら、あなたの関わった方々が、不治の病を克服するヒントを後輩たちにインスパイアしてくれるかも知れないのです。ただの一つも、この世に無駄な命などありません。生き切ってこその「三つの命」なのではないでしょうか。私は「徳川家康」からそれを学びました。

 

私にとっての彼は、断トツで戦国時代のヒーローです。これからも小出しで、家康を語って行きたいと思っています。


 

  • 2015.12.12 Saturday
  • 19:40

浪曲

ステレオと浪曲|懐かしい昭和の備忘録

 本来、三種の神器とは、神話に登場する三つの宝物「八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣」を指します。天照大神から下されて、代々の天皇家に受け継がれて来た象徴的な宝物でした。高度経済成長の波に乗って「一億総中流社会」と呼ばれていた時代に引用され、「テレビ・洗濯機・冷蔵庫」を新三種の神器と称する様になったのです。

 

私が物心の付いた頃には、我が家にも白黒テレビが置かれていました。幼い記憶の中にあるのは、やはりアニメが中心です。父親が時代劇とムード歌謡が大好きで、政治家とスポーツ選手が大嫌いだったので、それ以外に思い出せるのはチャンバラシーンと紅白歌合戦くらいでしょうか。夕方の再放送で夢中になって見ていたのは、「鉄人28号」「鉄腕アトム」「ジャングル大帝レオ」「狼少年ケン」などなど。実写版では「ウルトラQ」に「忍者ハットリ君」「悪魔くん」「コメットさん」辺りが直ぐに思い出されます。「隠密剣士」なんてのもありました。輸入物では「スーパーマン」に「ザ・ライフルマン」、「わんぱくフリッパー」や「ラッシー」なども胸を躍らせてくれました。

 

白黒テレビをカラーに見せ掛けるフィルターの様な物、覚えていますか。ワイドカラースコープと言うらしいです。懐かしいやら、笑えるやら、我が父もそれがカラーテレビだと言い張っていました。

 

何分、幼かったので、冷蔵庫や洗濯機に関する思い出は殆どありません。新たに登場した電化製品で忘れられないのは、何と言ってもクーラーでした。真夏に家の壁をぶち抜いて取り付けられたクーラーから、魔法の如き冷風が噴き出した時の感動は忘れられません。得意げで、どこか自慢げな父親と、しきりに感激している母親の姿に、子供ながらにそれが凄い事なのだと理解して興奮していたのです。もう窓を開けた部屋で蚊帳(かや)の中に潜り込む必要もありません。私たち家族の夏を変える大きな技術の進歩が、遂にわが家にもやって来た瞬間でした。

 

仕事第一だった父が、満を持して購入したのが音楽ステレオでした。それまでは玩具の様なレコードプレイヤーで、それこそソノシート程度の物しか聴いた記憶がありません。ステレオと言う言葉の意味さえ知らなかった時代に、艶光りする高級家具の様なステレオが運ばれて来たのです。狭い部屋に据え置いて行く電気屋さんの動きまでもが、驚きに包まれた私の記憶に刻まれました。どんなに欲しかったのでしょう。その日を境に、歌謡曲から浪曲まで、次々にドーナッツ盤を買い込む父の姿がありました。

 

廣澤寅蔵と言う浪曲家をご存知ですか。海道一の大親分、清水次郎長の名代として旅をする森の石松の話、「三十石乗合船」も、耳にタコが出来るほど、毎夜の様に聴かされました。「旅〜行けば〜、駿河の国に茶の香り〜。」で始まり、「飲みねえ飲みねえ、寿司食いねえ。もっとこっちへ寄んねえ!江戸っ子だって?」「神田の生まれよ!」の、非常にコミカルな名調子が有名です。石松は、四国の金毘羅様に願をかけて、首尾よく敵討ちを果たした次郎長の代参として、大願成就の礼と、その刀を納める船旅の途中でした。自分の親分を褒める男に大盤振る舞いするも、いざ二十八人衆の話になると石松の名前が出て来ません。遂には「後は一山いくらのどうでも良い連中だ!」と言い切られ、普段は喧嘩っ早い彼もさすがにへこんでしまいます。しかし、「大政に小政、大瀬半五郎、遠州森のい…。おっと、客人すまねえ!いの一番に言わなきゃなれねえ人を一人忘れていたーっ!遠州は森の生まれだ!」と、どんでん返しに持ち上げられて大喜びするのでした。自分も二人の掛け合いを、その場で目撃している様な臨場感に引き込まれます。やくざ者の話であることなど、当時の私には全く関係のないエンターテイメントでした。でも、この話には悲しい続きがあるのです。

石松は、長い道中を、土地土地の親分衆から「一宿一飯の恩」を受けながら続けて行きます。まだ売り出し中の若い貸元、見受山鎌太郎(草津追分)の世話になった事が不運の始まりでした。清水へ戻る石松へ、鎌太郎が香典を託したのです。七年前に亡くなった次郎長の妻、お蝶のための大法要があると聞き付け、まさかに香典として小判百両、石松の小遣いにと三十両、合わせて百三十両もの大金を手渡したのでした。石松は信じ難い男っぷりの良さに驚嘆し、ついつい旅先で鎌太郎の自慢話をしてしまいます。その大金に目を付けたのが、都鳥三兄弟と言う悪党たちだったのです。石松は、憐れにも彼らに騙し討ちにされて、命と金を奪われてしまうのでした。

 

温故知新。古い古い人情話の中にこそ、学び直すべき事柄がたくさん散りばめられている様に思います。その意味においても、浪曲が過去の遺物である筈がありません。春日清鶴の「野狐三次」も、私の中では今も光り輝く珠玉の名作です。

 

  • 2015.12.10 Thursday
  • 12:51

映画

永遠の二枚目|懐かしい昭和の備忘録

ここから先は、昭和世代なら誰でもが知るアラン・ドロンの代表作です。あの007シリーズで有名なテレンス・ヤング監督「バラキ」で一躍有名となった、超個性派ハリウッド俳優チャールス・ブロンソンとの共演作「さらば友よ」をご存知でしょう。私も、深夜の名作劇場で、何度も何度も眠い目をこすりながら観た、忘れ得ぬ粋なラストシーンの待っている映画でした。ひょんな事から知り合った全くタイプの違う悪党二人が、強盗に押し入った先の大金庫に閉じ込められてしまいます。しかも、中には現金も金塊もありませんでした。次第に薄くなる空気と引き換えに燃やす証券の紙切れだけだったのです。背に触れたコンクリートの温度差に気付いたブロンソンが、薄い壁の向こうに通風孔があると考え、共同して必死に穴を開けた二人は、窒息死を免れて金庫を脱出し、月曜日に銀行が開くのを気長に待つことになりました。犬猿の仲に見えた二人の間には、この時すでに友情が芽生えていたのです。当然、彼らは捕えられ、警察による現場検証となりました。共犯であれば罪を重く出来る。偶然に同じ銀行に押し入ったと言い張る二人を、捜査員たちの疑いの眼差しが囲んでいます。ブロンソンは、検証を終えて引き上げる彼らにタバコをねだりました。だが、マッチがない。ずっと目を合わさずにいたドロンの真横を通り過ぎる瞬間でした。ドロンが、手にしていたマッチを擦って火を差し出してくれたのです。ブロンソンは、彼の手を両手で包み込む様にして火を貰います。それでも、絶対に互いの目は合わさない。さらば友よ。痺れる様な、二人の男の最後の別れの挨拶でした。

 

テレンス・ヤング監督の「レッドサン」と言う映画でも、二人は共演を果たしています。そうです。黒澤明監督の「用心棒」で、一躍世界的な大スターとなった三船敏郎の共演でも話題を呼びました。あの三船美佳さんのお父様ですよね。はるばる海を渡った日本の侍たちが、アメリカの大統領に会いに行くお話しでした。親善の証に朝廷から託された宝刀を、彼らはならず者たちに奪われてしまいます。その頭がドロン。からくも捕えたならず者の一人が、チャールス・ブロンソンだったと言う訳です。ドロンと宝刀を追って、珍妙な二人の旅が始まりました。こちらも又、次第に友情を抱いて行くハートフルな物語となっています。ただ、この映画でのアラン・ドロンの役回りは実に冴えません。これほどドロンの魅力を引き出せなかった映画も珍しいのではないかと思える位です。見るたびに、とても残念な思いに駆られたファンは多かったのではないでしょうか。

 

アラン・ドロンが「ゾロ」を演じていたのをご存知ですか。最近ではアントニオ・バンデラスとキャサリン・ゼタジョーンズの「マスク・オブ・ゾロ」、古くはタイロン・パワーの「怪傑ゾロ」などが思い浮かびます。テレビシリーズとしても、日本で好評を博して来ました。

まだ幼かったドロンの息子が、「僕にも分かる映画を作って!」と懇願したことがきっかけだそうです。しかし、この映画が実に面白い。私の中では、アラン・ドロンの代表作であると言っても過言ではありません。最後の長すぎる決闘シーンを除けば、非常に小気味の良い、勧善懲悪のヒーローものに仕上がっています。CGなどない時代に、アクションスターでもない彼が、よくぞここまで軽やかなゾロを演じ切ってくれた。そう称賛せざるを得ない、痛快無比な楽しい作品でもありました。さらに言えば、マドンナのオルテンシアを演じたオッタビア・ピッコロから、凛々しいマスクの横顔にキスされるシーンにも心を奪われました。日本語吹替版の野沢那智さんの魅力が、この作品ではいかんなく発揮されています。もしも、ご覧になっていないアラン・ドロンのファンの方がおられるなら、是非お薦めしたい作品なのでした。

 

永遠の二枚目、アラン・ドロンのお話しは、ひとまずここまで。また別の記事でご紹介するかも知れません。

 
 

  • 2015.12.07 Monday
  • 18:02